北ア・穂高岳

2020年6月11日 (木)

2015奥穂高岳③

初めての奥穂高岳は、2泊3日の計画でした。
計画はもっともポピュラーな、涸沢ヒュッテ連泊登山。
つまり初日は上高地から涸沢まで。
2日目は奥穂高岳に登頂して、そのまま涸沢泊。
3日目に帰宅。

でも山小屋って基本予約が不要です。つまり当日の体調によって泊る場所は自由に変更出来ます。
この2日目は昼過ぎにに涸沢まで下りて来たので、同じ所で連泊するよりも、もっと下まで下りちゃおう。
あわよくば、帰宅しちゃおうか。

でも前日に夜中運転してやって来たばかり。2日目に下山するとまた夜中まで運転することになるし。
結局のところ、横尾まで下り、横尾山荘に宿泊する事にしました。

ここは広いお風呂もあり、寝るのもベッド。これにはビックリ。
何しろ山小屋なんて涸沢小屋と涸沢ヒュッテしか知りません。
風呂なんて無いもの。布団1枚に2人とか当たり前。
それがまさかの1人1ベッド。ゆったりと寛いで、焦って帰らなくて良かったぁーの気分。

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後は帰るだけ。それでも行動は山時間。割りと早い時間に出発します。

前日下山中にやけにヘリが飛んでいると思ったら、ナント穂高岳小屋のすぐ上の、二段梯子のあたりで落下事故が起きていたようです。
昨日私も昇って降りた、あの梯子付近で。
悲しいことに死亡事故になってしまったようです。
ちょっとタイミングがズレていたら、目の前で事故が起きていたかもしれません。
改めて山の怖さを感じます。

 

横尾からは平坦路ですから、もう危険な事は無いでしょう。
1時間ほど歩くと、次の山小屋に着きます。

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ここは芝生のキャンプ場があり、一度はここでテン泊してみたいなあと思う場所です。

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更に歩いて無事河童橋まで戻って来ました。
もうここは登山者だけでなく、普通の観光客も大勢。

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昨日はあの上に居たんだなあって、名残惜しく振り返ります。

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青空に恵まれた3日間。バイト生活で初めての4連休。
思い切って奥穂チャレンジ、満喫しました。

当時は連休なんか貰えませんでした。
有給やら夏休みやら希望出来る社員と違い、バイトは人が足りてる頃に勝手に有給を割り振られるだけ。
主にニッパチと呼ばれる2月、8月にちょこっと。
でも8月のお盆は社員が帰省したりで、なかなか休みが回って来ません。

この時の4連休も、平日の非番を土曜と月曜に寄せて作った3連休に、たった1日だけの有給を合わせたもの。
それでも珍しい事でしたよ、4連休なんて。

だから全然ハードだなんて思いませんでした。それよりも「山に行けるぞ。北アに行けるんだ」の思いの方が強かったですね。
この連休がもし雨だったら、その後の山歩き自体どうなっていたことか。

 

予定より早く下山し、余裕があったので真っ直ぐ帰らずに松本に寄り道。
松本と言えばやっぱり松本城です。

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時期としては8月の頭だったから、松本ぼんぼんの頃だったでしょうかね。

 

とにかく晴天に恵まれ、ずっと憧れだった穂高に登れて大満足。

満足し過ぎたのか、この2015秋は全くどこにも登らずでした。
8月穂高の次に山に行ったのは、12月高尾山でしたから。

そのぐらい満足した奥穂登山でした。(*・ω・)(*-ω-)(*・ω・)(*-ω-)ウンウン♪

これはもう山歩きじゃなくて登山と呼んでも良いかもしれませんね。

iine

2015奥穂高岳②

いよいよ奥穂高岳を目指します。
前年の秋にここ涸沢までは来ましたが、その時は朝起きてそのまま下山でした。今日は上へ向かいます。
山では行動開始は早いです。5時頃に朝食を済ませ、5時半頃には出発です。
雲一つ無い、素晴らしい青空に足取りも軽く。

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涸沢はテン泊する登山者も多く、ベースキャンプ型と言うのでしょうか、テントを張りっ放しにして軽い荷物だけ持って北穂や奥穂へ。
そして下山してまた涸沢で1泊と言うスタイル。いつかやってみたいですね。

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普段の生活では考えられないような雄大な景色。

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歩く道は平坦ではなくゴツゴツ。決して楽ではないはずですが、楽しかった記憶しか無いですね。

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難所のザイテングラードもあったはずですが、難所としての記憶も無いです。もう夢中に歩くのみ。

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穂高岳山荘に到着。初日に一気にここまで登れれば、1泊2日で奥穂にも登れるでしょう。ただ疲れた身体でザイテングラードは危険かもしれません。
あるいは奥穂から涸沢へ戻らずに、そのまま重太郎新道へ下りても1泊2日で可能かと。
私はと言うと、宿泊登山は会津駒ヶ岳&燧ケ岳のみ。北アに登るのは初めて。要するに素人な訳で。
素人は素人らしく、涸沢2泊のシンプルプラン。

そう考えると焦る必要は全く無く、ここで昼食にしましょう。
ちょいと休憩して、岩々の山歩き再開です。

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まずは垂直に掛かった梯子を登ります。高所恐怖症ではありませんが、下を見るとなかなかの高度感。
後から知ったのですが、私が奥穂まで登り、そして下山した後に、この梯子から落ちて亡くなった方が居たそうです。
やっぱり夏山でも気を付けないと怖いですよね。

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ずーっとゴツゴツ道を歩き、遂に念願の奥穂高岳、山頂に到着です。
富士山、北岳に次ぐ、日本第3位の山の山頂です。
しかも青空。この2015年くらいまでは8月は晴天が多かったですね。これ以降は夏に台風がジャンジャンと来るようになり、なかなか夏の北アも上手くは行きませんが。

ヤッホー。遂に1人でここまでやって来ました。

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2014秋に奥穂を狙うも涸沢止まり。その下山時に話した方は西穂独標に登ったと仰ってました。
2015春に西穂独標に登り、いよいよ次はあの山(奥穂)かあーと。
そして2015夏、遂にやって来ました。
山頂からはすぐ近くに槍ヶ岳が見えます。北アのランドマークと呼ばれる尖った穂先。恰好良いです。

ヨシッ、次はあの山だ。
当時はバイトの身分で連休なんて夢のまた夢。特に夏は正社員が交代で夏休みなので、夏に連休なんて貰えるかも分からない。
なので槍ヶ岳は、いつか、必ず、って思うだけです。
(実際は翌年夏に登りましたが)

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風も無く、実に穏やかな景色が広がります。ああ、下山するのが勿体無い。

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ピストンで来た道を下ります。目に焼き付けて取(撮)っておきたい景色です。

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ザイテングラードを下り、涸沢カールまで戻って来ました。
涸沢ヒュッテに連泊のつもりで来たんですが、まだお昼。急げば1泊2日で帰れちゃうかも?

いやいや、早く帰るのが目的じゃありません。
この雄大な景色を楽しみに来たんです。(でも2泊より1泊の方が安上がりだし💦)

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取りあえず、涸沢ヒュッテでは休憩せずに、そのまま下山します。まあ行ける所まで下りちゃうとしましょう。
無理せず。
楽しみながら。(^_-)-☆ (つづく)

iine

2020年6月 9日 (火)

2015奥穂高岳①

前回の「キッチン南海」の記事で、ちょっとだけ私の大学時代の話なんかしたので、その頃の話も更に混ぜつつ、記事は過去の山記事を。

大学時代の私は、初めて親から離れ自由な生活を満喫します。
高校時代は週6日練習した柔道も、大学では週3or4日。大学の体育会のくせにって思いますが、他にも合気道や少林寺拳法も武道場を使用していたので。
練習が無い日はパチンコ屋に通い、他にもバイトやオートバイ(ツーリング)で忙しかったような。

松本に住み、400ccのバイクに乗っていたので、上高地や軽井沢は意外と近い。
そして当時は上高地はマイカー規制もなく(季節限定だったかな)、バイクで大正池だか河童橋あたりまで入れました。
友人達と河童橋で記念撮影なんかしてると、後ろから急に「おい、ハル、何や楽しそうやなあ」と。
振り返ると山岳部の先輩が、丁度山から下りて来た所でした。

「どこ登ったんですか?」
「穂高、つっても分からんやろ。後ろに高く見えてるアレや」
「へえー、今下りて来たんですか?」
「そうや、朝出てな、今下りて来たんや」
「ほえぇー、あんな高い所から半日でねえ。凄いですね」

当時は寮の行事で美ヶ原に登るくらいしかした事もなく、北アって凄いなあって、ふぅーん穂高かぁ。

その頃の僕は、どっちかって言うと海派。山には興味無かったかな。
実際その後の趣味もスキューバダイビングだったし。

 

それが50代半ばになって、友人に誘われるままに山歩きを始め。
少しずつではあるけれど、高い山にも登りたいと思うようになり、山歩き3年目にして穂高にチャレンジします。
2015年の河童橋から眺める穂高の風景は、きっと30年以上前の風景と変わらない姿なのでしょう。
何だか感慨深いものを感じます。いざ。

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おっと、話の流れで河童橋の写真からスタートしちゃいましたが、2015年8月は見事な青空。
沢渡にMy車を停め、シャトルバスに乗り河童橋まで。
ほとんど宿泊で旅行にも行かないのに、ソロ登山、それも北アですから。

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前年の秋に涸沢までは行っているので、横尾までは平坦路を3時間って事は分かってます。
小梨平キャンプ場を抜け、梓川沿いを歩きます。

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まずは1時間ほど歩くと明神池。

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大好きな徳澤キャンプ場の写真は、えーと撮ってないみたい。
3時間ほど歩いて横尾に到着。
ここまではとにかく真っ平。ここからですよ登山は。

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って記憶してたんですが、意外と横尾からもゴツゴツしてるけど登っては行きません。
更に歩いてスタートから4時間くらいでしょうか。橋を渡るといよいよ登りが始まります。

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前年の秋は涸沢小屋に泊ったので、今回は涸沢ヒュッテ。
何たってソロ登山ですからね。現地で初めて会った人達とヒュッテのテラスで楽しく話させて頂きました。

前年の涸沢でも、皆さん岡山とか広島とか遠くからいらっしゃってましたが、今回も岩手からとか凄い熱意。
山頂までは登らずに穂高の写真を撮りに来たなんて人も。

北アで人気の山と言えば、槍穂に剱、あとは白馬かな。
人気の小屋と言えば涸沢ヒュッテ。
私にとっては、ちょいと思い入れのある奥穂高なのでした。

2日目はいよいよ奥穂山頂を目指します。(つづく)

iine

2020年4月29日 (水)

2014涸沢②

初めての北ア、と言っても山には登りませんが、奥穂の足元の涸沢まで行ってみました。
涸沢と言うと有名なのは紅葉。「世界一の紅葉」と表現する人も居るほどで、紅葉シーズンは大勢の登山客で賑わいます。
1枚の布団に3人とか、部屋ではなく玄関近くにも布団を敷いてとか、それで眠れるの?って言うくらいの人出です。

私が行ったのは、丁度紅葉が終り、3000m級の山には冬が訪れようかと言う頃。

大正池から7時間ほど歩いて涸沢小屋に到着。

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まだ15時前で、夕食まで何をしたものか。
当日の宿泊予定者は、私以外には2人ぐらいしか予定(予約?)が無いとの事で。
つまり私が到着した時点では、私1人しか居なくて、小屋に居てもポツンとしてるだけ。

小屋の人に、「この辺って何かありますか?」みたいな事を聞くと、「暇なら涸沢カール周辺を散歩してみたらいかがですか?」と。

もう山歩きじゃないので、パジャマ代わりに持って来たジャージに着替え。 ← 山小屋ではそこまで着替えないのが普通みたいですね
上下普通に街で着るようなジャージ、サンダル履きで小屋の外に出てみました。

ひんやり。

山って歩いていると暑いけど、休憩すると冷えます。行動中でも脱いだり着たりの繰り返し。
それが北アともなると、じっとしてると寒いです。
上下ジャージのオッサン、これは無理と部屋に戻ります。

何か着る物は無いかと、ザックから防寒着を取り出します。そこにはペラッペラのユニクロ・ウルトラライトダウンが。

寒い。

山小屋って旅館と違って、部屋にはコンセントも無いし、暖房も無い。
外は寒かったけど、じっとしていると室内でも寒い。 ← てか、知識不足でした。秋の北アにこんな薄着で居ようなんて

うはぁー、どうしよう。

仕方ない。寝る。そのまま夕食まで布団に入って過ごす事に。

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その後、誰も居なかった部屋に、若い男の子が1人やって来ます。
「こんにちは」
「もう寝るんですか?」
「着る服が無くて寒いもので」

するとお兄ちゃん、
「僕のダウンで良かったら貸しますよ」 ← 何て親切な人なんだ
「じゃあ有難く」

何だか凄く分厚い、山用のダウンジャケットを貸してくれました。
色々山の写真なんかも見せて頂き、感謝、感謝です。

 

夕食時間に食堂に行くと、若い女の子が2人居て、宿泊客たったの4名。
「明日はどちらへ登られるんですか?」
「北穂です」
「奥穂です。そのまま重太郎新道から下山します」
「どこにも登らず下山します」 ← 私です

 

皆さんアイゼン&ピッケル持参で、冬山経験もある方々みたいで。
ユニクロのウルトラライトダウンなんかで北アに登場しちゃってスミマセン。
でもオジサンが持参した缶ビールで乾杯しちゃったから、全くの役立たずだった訳ではありません。(笑)

 

寒いー、ガタガタ、と震えながら表に出て見上げた星空。
あの天の川は綺麗だったなあ。

 

翌朝、皆さんが早朝から準備して出発して行くのを見送り、私はのんびり下山です。
登らなかった山々を見上げ、次に来る時は登れたら良いなあと。

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前日に来た道を、そのままピストンで帰ります。上高地は紅葉シーズンですよ。

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河童橋は観光客がズラリ。ここから眺める穂高連峰も美しい。

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雲一つ無い青空。後から聞いた話だと、この日はたまたま暖かくて、奥穂に行く登山道は雪も氷も無かったそうです。
まあそれはたまたまですから。

また経験を積んで、装備を揃えて、いつかは奥穂。
そしていつかは紅葉の涸沢をと思ったのでした。

iine

2020年4月27日 (月)

2014涸沢①

どこにも行かれないので、楽しい話題がありません。ネタも無いので、中断していた過去山の記事を。

2013年から始めた山歩き。
尾瀬(山ではなく高原っぽい)から始まり、近場の低山、近県の百名山と登り、いよいよ北アにチャレンジ。
友人を誘ったら、「もう北アは寒くて無理だよ」と言われ、会津駒ヶ岳へ。
初めての宿泊登山は、また新しいステージに一段昇ったようで、はやる気持ちを抑え切れず翌週には北アへ。

本当は奥穂に登りたかったんですが、山小屋に問い合わせの電話をしたら止めた方が良いとの事で。

季節は涸沢が絶景の紅葉を終え、秋から冬へと向かう10月下旬。
山小屋に電話をし、明日宿泊の予約をしたいと告げ(実際は予約は不要ですが)、ついでにまだ奥穂に登れるか質問してみました。

私「奥穂に登りたいんですが、軽アイゼンでも可能ですか?」 ← まだ軽アイゼンしか持ってなかった
小屋「いや、無理ですよ。てかそんな質問してる時点であなた止めた方が良いですよ」
私「そんなに滑っちゃいますか?」
小屋「昼はともかく朝夕は氷でツルツル。一度滑ったらお終いですよ。軽アイゼンじゃ滑って落ちるのが見えてますよ」

何しろド素人なもんで。スミマセン。

 

でも行きたい気持ちは静まらない。結局奥穂は断念するも、涸沢までは行ってみる事に。

 

7:30に沢渡駐車場到着。シャトルバスに乗り河童橋へ。
のはずが、良いカメラを持つ人達が手前の大正池で降りるので、きっと良い景色が見れると一緒に下車。
「涸沢まで行く人が、こんな所で降りちゃうなんて。大丈夫ですか?」

そう。何にも知らないド素人なんです。
河童橋から涸沢まで6hの行程。それを更に1h手前の大正池なんかで降りちゃって。
でも景色は素晴らしい。

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河童橋には時間通り1h後に到着。そこからは3hほど平な道をひたすら歩きます。
明神池。

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梓川沿いに歩いて行くと、北アが見えて来ましたよ。

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そして一度はテン泊してみたい徳澤。

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何と気持ちの良いハイキングでしょう。奥穂は冬と言うけれど、下はまだ秋真っ盛り。

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そして中間地点・横尾に到着。

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ここからは登山装備が無い人はお断り、みたいな感じです。
いよいよ登山道かなあ。
と思ったら、まだゴツゴツしてても平な道が続きます。で、この橋を渡るとそこからはいよいよ。

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ここからは登り始めます。周りの人は山に登る人達でしょう。私は登らない人だからお気楽です。
思えば、この時は缶ビールも1Lぐらい背負って、今では考えられないくらい元気でしたね。
他の登山者を次々に抜いて、北ア初めてとは思えないほど元気元気。

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特にこれと言った難所もなく涸沢小屋へ。

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もう目の前です。順調に到着。
こんなに簡単に着くなら、もっと早くに来るべきだったよ。なんてド素人なもんで許してちょ。

この日も問題はここからでしたっけね。(><)

iine

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